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2022.01.18

人と地球の健康を同時に実現する「プラネタリーヘルス」から考える、日々の食事

with who?

tenrai株式会社代表取締役医師

桐村里紗

臨床現場において、最新の分子栄養療法や腸内フローラなどを基にした予防医療、生活習慣病から終末期医療、女性外来まで幅広く診療経験を積む。食や農業、環境問題への洞察を基にした人と地球全体の健康を実現する「プラネタリーヘルス」など、ヘルスケアを通した社会課題解決を目指し、さまざまなメディアで発信、プロダクト監修などを行っている。
東京大学大学院工学系研究科・光吉俊特任准教授による社会課題を解決する数式の社会実装により人と社会のOSをアップデートすることを掲げたUZWAを運営。2021年より東京と鳥取県米子市の2拠点生活を送り、土と向き合う生活を送っている。新著『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』(光文社新書)が話題。
https://tenrai.co/

人や地球環境のことを考えていくと、この世の中のあらゆるものはつながり調和して成り立っていることに気づかされます。

一方で現代は「人新生」とも呼ばれるように、人間の活動が気候変動など地球規模の課題を生み出すほど、調和から外れた行為をしていることも知られるようになってきました。人が作り出したさまざまな問題に対して、どう向き合い解決していくのか。一人ひとりはどんな行動を取ればいいのか——。

2021年に発売された桐村里紗さんの新著「腸と森の『土』を育てる」には人と地球が一体でつながりあっていること、食によって人と地球の健康を取り戻す方法が説かれています。COMMEARTHでは桐村さんへのインタビューを2回にわけてお届けします。

個人を最適化しても、病気はなくならない

著書『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』を2021年8月に出されました。どうして腸や環境、プラネタリーヘルスといったテーマで本を書こうと思ったんですか?

まず私自身がそもそも医者になったきっかけとして、母が薬害を患っていたことが大きく影響しています。母はもともとはすごく元気な人だったそうなのですが、薬害になってからは辛い症状に悩まされ、1日中寝込んでいる状態が続いていて。そんな母の姿を幼いころから目の当たりにしてきて、病気によって人生の歓びが奪われてしまうことを強く感じていました。

病気にかかると本人だけでなく、一緒に暮らしている人も影響を受けます。私の家の場合、朝から晩まで家の中はずっとカーテンが閉じっぱなしでしたし、家族で旅行に行くこともありませんでした。母の病気を中心に生活が成り立っていたので、どうしても幼いころの記憶は暗い体験が多いんです。

そんな経験をしてきたので、「とにかく病気にはならないように」との想いはおそらく人一倍強くて。母の病気をなんとか解明して治してあげたい、病気自体がない世の中をつくりたいと考えた結果、医学部に入りました。

ただ私が医師になった2000年代の初め頃はまだ「予防」なんて口にしようものなら、他の医者からは「病院をつぶす気か」と言われたこともありました。当時医者は主に病気になった人を治すのが仕事で、医学は生活者が病気にならないためにある学問ではなかったんです。

最初から予防を目指していたんですね。医者になってからの専門は何だったんですか。

医者になってからは糖尿病などの生活習慣病を診ていました。生活習慣病は過去にはなかった病気で、いわゆる「現代病」と呼ばれるもの。だからこそ、現代の社会環境がつくっている病気だと考えていました。

現代病は現代的な生活環境、社会環境に暮らしている人間に起きていることなので、社会システムや自然のエコシステムと切り離せません。病院にいて病気になった人が来て診療をするのがこれまでの医者の仕事でしたが、病気自体をなくすことをビジョンに掲げていると、病院での取り組みだけではとても間に合わないなと。

環境が病気をつくっているとは例えばどういうことなんですか。

例えば糖尿病の人に「糖質の多いものを控えてください」と言ったとしても、その人の生活圏内に糖質の多いものを提供しているレストランやスーパーマーケットばかりだったら、お腹が空いたら自然とそうしたものを食べることになりますよね。他にも東日本大震災で原発事故が起きて、地球環境が汚染されてしまい人間にも影響することを経験したじゃないですか。人間がいかに自分だけを最適化しようとしても、環境による影響がある限り実現は困難ですし、環境にも同時に意識を向けていかないとだめなんです。

なるほど。身の回りの環境に自分の行動が自然と促されていたり、心身に影響を与えているんですね。

新型ウイルスが蔓延したことで、ようやく多くの人が自分だけを最適化するヘルスケアが実現不可能だと気づいてきたと思うんです。どれだけ自分の心身の健康を完璧に保とうとしても、環境の変化に左右されてしまいますよね。だからこそ根本的な考えであるプラネタリーヘルスをテーマに本を出せるタイミングになりました。

プラネタリーヘルスとは「人と地球は別々な存在ではなく、相互依存関係にある」という考え方をもとに、地球上の生態系や社会システムなどすべてを一体のプラネタリーシステムとして捉え、全体を最適化することを目指す考え方です。私が言い始めたのではなく、2015年に医学誌ランセットに発表された概念で、世界的にこれを実現しようという動きが拡がっています。

ヘルスケアというとまだまだ人間だけを最適化することに限られており、それを拡張する役割を担ってくれるものだと期待しています。アプローチや考え方はさまざまですが、特に人と生態系のことを考えたとき、それらを結んでいるのは日常の食だと考えています。食べるという身近な行動から地球全体のシステムに繋がれることに気づけば、多くの人が実践できますよね。

人の腸と森の土の関係性から見出す、食のあり方

食はどのように人と生態系を結んでくれているんですか?

食物連鎖という言葉があるように、そもそも「食べる」とは他者の命をいただくことです。私たちは食事をすることで生態系から栄養を内に取り込み、排泄により再び外の環境と繋がり循環するシステムになっています。食は多種多様な生物種で形成されている生態系(エコシステム)と人を繋ぐ触媒なんです。

この循環について理解を助けてくれるのが、腸と森の構造です。腸内環境を観察すると、腸の仕組みは森や植物の仕組みと同じだと気づきます。森では動物の排泄物や死骸といった有機物をミミズやダンゴムシなどの土壌生物が分解するのに対して、人は食べ物を消化液で消化し分解します。そうして細かくしたものを森では土壌菌が、人の腸なら腸内細菌がさらに分解していきます。

土の場合はそうやって栄養豊かな腐葉土になりますし、腸内でも腐葉土のような土が出来上がっていきます。腸には上皮細胞という根っこのような細胞があり、微生物によってつくられた腸内の土の栄養はその根っこから吸収され、血管という葉脈を通り、葉っぱや実にあたる細胞をつくっています。人間を健康にしようと思ったら細胞を元気にすればいいとよく言われますが、細胞のもとをたどると腸内環境、つまり腸の中の土壌環境に行き着くんですよね。

枝と血管、根と上皮細胞といったように森と人の関連性が見てとれる。画像は『腸と森の「土」を育てる 微生物が健康にする人と環境』のP.30より(画像提供:光文社)

腸内環境を整えようといったことは聞きますが、そういう理由なんですね。

すると今度は土壌環境をつくっている食はどうやって成り立っているのかという問いが生まれます。この問いを深めていく中でとても印象に残っている言葉があって。詩人や環境活動家であり、農家でもあるウェンデル・ベリーが「食べることは農業的行為である」と言っているんですね。一般的には農家でもない限り「農業に関わっている」と自覚している人は少ないと思いますが、食べ物を買うこと自体が農業的行為に加わっています。

同じ食べ物でも生産方法はさまざまです。生産方法によって食に含まれる微生物の多様性や種類は異なりますし、環境負荷も違います。食べ物を選ぶことは、選んだ食べ物の生産方法、つまり農業行為に関わっていることになるんです。

現在直面している気候変動の問題を考えると、環境負荷の少ないないもの、さらには持続可能なもの、もっと言えば持続可能な以上に積極的に環境を回復・再生させるやり方を選択していかないともう間に合わない状況になっています。具体的にはリジェネラティブ・オーガニック・アグリカルチャーや協生農法™️(シネコカルチャー™️)※だったり。そうした食べ物をつくりながら生態系を回復させる方法を、一人ひとりが積極的に選んでいくことが大切だと思っています。

※「協生農法」は株式会社桜自然塾の登録商標、「シネコカルチャー(Synecoculture)」はソニーグループ株式会社の商標です。

生態系を回復する農法でつくられた食材を選択できるといいなと思う一方、まだ身近にない人も多いと思います。そういった人でも食を通して何かできることはありますか?

人それぞれ暮らしている環境や事情は違うと思うので、いくら理想があったとしても現状からかけ離れている状態をいきなり目指すことは難しいですよね。プラネタリーヘルスを実現するための食事として、スウェーデンのEATというNPOが掲げている「プラネタリーヘルス・ダイエット」があります。これは世界16ヵ国のさまざまな分野の研究者37名が科学的な根拠に基づき、人の健康と持続可能な食糧システムを実現する解決方法として提示している食のガイドラインです。

そう言うととても難しく聞こえるかもしれませんが、日本人にとってはすごく取り組みやすいものなんです。というのも、伝統的な和食料理がこの食事の条件を満たしています。一汁三菜は大変かもしれないですが、一汁一菜でも十分。先進国だと野菜など植物食を2倍にして、肉や加工された糖質を半分にすることが目安とされています。和食は雑食でいろんなものを食べますよね。特に野菜の種類がすごく豊富で、多種多様な野菜や植物性のものを取り入れているので、食の偏りや単一性をなくす観点でもとてもいいんです。白米よりも雑穀米とし、それに具沢山の味噌汁だけでも十分プラネタリーヘルス・ダイエットになります。

肉に関しては減らした方がいいのでしょうか。

環境負荷の大きさという観点からは、牛肉や豚肉など畜産の負荷が大きいとされています。一方で持続可能な放牧方法もあり、家畜によって土地を豊かに再生させている事例もあります。食に関しては「肉といえば牛肉」という人もいるので、食べないようにするというよりは、フレキシタリアンのように、大豆ミートや代替肉を食べてみる日をつくるのがオススメです。

あとはジビエの肉もおすすめです。今はインターネットで手軽に注文できますし、全国各地で猪や鹿が増えすぎて獣害が発生しているので、各自治体がおいしく食べられるよう適切な処理をして販売してくれています。ジビエは普通の肉と比べて値段もリーズナブルですし、ちゃんと処理されていれば臭みもありません。山で健康的に育っている野生動物の肉は脂の質も良く、健康にも最適です。ちなみに我が家の定番はイノシシ鍋。寄せ鍋でクレソンやセリといった少しクセの強いものと一緒に炊くとちょうどいいです。水炊きでしゃぶしゃぶもいけますよ。

肉以外だと豆がいいですね。大豆だけだと飽きちゃうかもしれませんが、例えばレンズマメはすごく使いやすくて、茹で時間も10分程度ですぐに煮えます。豆は世界的に食べられているので、各国の豆を食卓に取り入れてみるのも楽しいですね。植物性の食べ物を増やすと必然的に食物繊維も多く取れ、腸の土壌もいい状態に発酵していきます。まずは自分にとって無理のない食事から試してみるのがいいと思います。

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取材・文:中楯知宏 画像・写真提供:桐村里紗

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