前回の記事で汚れの種類に応じて洗剤を選ぶ「ナチュラルクリーニング」の考え方について話してくれたナチュラルクリーニング講師の本橋ひろえさん。人や環境に優しいことはもちろん、何より掃除が楽になることにメリットを感じる人は多いのではないでしょうか。
後編となる本記事では「ナチュラルおそうじ」に続き、「ナチュラルおせんたく」についてお話を伺いました。
ナチュラルおせんたくの第一歩は「洗濯機任せ」にしないこと
『ナチュラルおせんたく大全』には「洗濯機のいいなりにならないこと」が大事だと書かれていました。これはどういうことなんですか?
まず洗濯機が洗濯物の重さから水量と洗剤量を決めていることは、みなさんご存知だと思います。でも、改めて考えてみて欲しいのですが、食器を洗うときに重さから洗剤量や水量を決めている人っていないと思うんです。このお皿は重いからたくさん洗剤が必要だとはおそらく誰も考えないのに、洗濯のときは重さから洗剤量を決めている。「洗濯機がそういう仕組みで洗っているから、指示通りやれば汚れは落ちる」と思い込んでしまっていることが、そもそもの洗濯に対する間違いの始まりだと思っています。
たしかに…。どうして重さで決まっているのか深く考えたことはなかったです。
例えば、夏と冬の衣服って重さで比較すると冬の方が重くなりがちです。重いと水量も洗剤量も多めになるので、結果的に冬の洗濯物はきれいに洗えていることが多い。ところが夏は服の生地も薄いものが多く、袖や丈も短い軽いものが多いので、水量や洗剤量を少なめになります。でも夏は汗をかきやすく、汗や皮脂を吸っている洗濯物が圧倒的に多い。だから夏の洗濯物をきれいに洗えている人はほとんどいないのではと思います。
夏と冬では汚れ方がまったく違うのに、単純に服の重さから水量と洗剤量が決まってしまう。加えて日本の夏は雨が降る時期も多く、部屋干しする日もあります。少ない水量と洗剤量で洗い汚れが落としきれないまま部屋干しすると、干している間に残った汚れに雑菌が繁殖して生乾き臭や部屋干し臭につながっていきます。冬はおそらくそんなに生乾き臭に悩まされることはないはずです。
多くの方は生乾き臭がするのは部屋干しだからと思われているんですけど、そもそもちゃんと洗えていないんですよ。きちんと洗えていれば、部屋干ししても臭うことはありません。香りつきの洗剤が多いので、誤魔化されやすいです。だから洗濯機を使いこなして、夏でも洗濯物をきれいに洗えるかは一つポイントになるかなと思います。どんな洗剤を使うかより、自分で水量を判断することがはるかに大事です。
洗剤より水量のほうが汚れを落とすことに関しては、影響が強いんですね。
そうなんです。泥だらけの雑巾を、バケツの中で洗うことを想像してみてください。バケツいっぱいの水の中でもみ洗いすると、一気に泥汚れが薄まりますよね。これが水量たっぷりで洗った状態です。でも水が足りてないとどんなにもみ洗いしても、泥汚れの中でもんでいるだけなのできれいになりません。水量が少ないと、それだけで汚れを落とすのが難しくなるんです。
適切な水量を自分で判断する
洗濯機が適切な水量を教えてくれないとすると、どうやって判断したらいいのでしょうか?
これがすごく難しいんです。室内で1日過ごした服と、外でランニングしたときの服では、例え同じ服であっても、水量や洗剤量を変えなくてはいけない。また、男性と女性でも皮脂の量は違います。基本的に男性は女性の倍以上の水と洗剤が必要になると考えていただいたほうがいいです。他にも家族構成や男女比、日中どんな活動をしているかで、同じ重さの洗濯物でも水量や洗剤量が変わります。同じお皿でも乗せたものが、果物なのかハンバーグなのかで、洗い方が変わるのと同じです。自分で判断しないといけないんですね。
食器洗いだと、多くの方は手で洗ったことがあると思うんです。だからお皿の汚れを見たら、これはお湯じゃないと落ちないとか、油汚れがひどいから洗剤を多めに使おうとか、水に一回つけておいてから洗った方が綺麗に落ちそうとか。瞬時に判断できるはず。でも、衣服に関しては手洗いを経験した方はなかなかいません。私の母の世代でも最初から洗濯機をを使っているので、私たちは洗濯物をみて水や洗剤の量がどれくらい必要かを判断する力がなくなっているんです。
判断できる人は少なそうですね…。
極論を言えば1年間洗濯機を使うことをやめれば、自分で判断できるようになるんじゃないかと思います。とはいえ、現実的なアプローチではありませんよね。洗濯物に関しては、誰がどんなふうに着たのかがわからないので、必要量のアドバイスが難しい。ナチュラルクリーニングにおいて、一番自分の頭を使わなくてはいけないところです。
ナチュラルおせんたく大全(主婦の友社)
何か目安はあるんですか?
本当は洗濯物と重さは関係ありませんが、あくまで目安としては洗濯物1kgあたり最低でも10ℓの水が必要です。最近の縦型の洗濯機は満水時の平均が60ℓくらい。するとどんなに多くても洗濯物は6kgまで。ただ、汗や皮脂量が多くなりやすい夏や男の子が何人かいる家庭だと、もっと減らした方がいいですね。
洗剤についてはどうですか?
私は合成洗剤を使わないので、洗濯ではせっけんを使います。残念ながら重曹や泡が立たないタイプの洗剤だけだと、繊維の奥に染み込んだ皮脂の汚れを落とすのが難しいです。ここが洗濯の難しいところで、衣服の表面が濡れるだけではだめで、しっかりと洗剤と水分を繊維の中心部まで染み込ませることが大事なんです。
水量も大事ですが、洗濯機を数分回すだけでは表面だけ濡れて繊維の中心は乾いたままという場合もあります。衣服をしっかり水に浸すこともポイントです。浸す際、泡が立つタイプのせっけんがあると浸透力が上がるので、皮脂汚れにとても効果的なんです。
ただ、せっけんは汗や油などの酸性の汚れと出会うと元の油に戻ります。実はせっけんで洗濯をしてうまくいかない方はすごく多いんですけど、洗えていなくて油まみれになっていることがほとんどです。対策として水質をアルカリ性に保つために、重曹や過炭酸ナトリウムを入れます。過炭酸ナトリウムは除菌効果もあるので、干している間に雑菌が繁殖しづらいといった副次効果もあります。
洗剤を買うときに気をつけた方がいいことはありますか?
重曹やクエン酸、アルコールや過炭酸ナトリウムはどこで買ってもそこまで大差ないので、何を選んでいただいても大丈夫です。難しいのは「せっけん」と「合成洗剤」の見極めです。どちらも原材料は油。そのため、「オーガニックの油を使っています」「植物性の油を100%使用」などと書いてあったとしても、合成洗剤であることもあります。ちゃんと裏面を見れば「せっけん」と書いてあるのでわかりますが、見ない限りは本当にナチュラルなものか判断するのが難しいですね。「せっけん」と書いてあれば確実に「せっけん」です。これが例えば「台所用液体洗剤」と書いてあれば合成洗剤です。
日本の水は軟水なのでせっけんが泡立ちますが、ヨーロッパなど硬水の場合は泡立たないのでせっけんが使えない国が世界にはたくさんあります。そのため、海外製のナチュラル洗剤は基本的にほとんどが合成洗剤です。海外の場合はせっけんが使えないので、よりナチュラルな合成洗剤をつくるしかないのですが、日本の水だとその必要もありません。
「おそうじ」にデメリットはない
ナチュラルクリーニングを実践されてきて、どんな効果を感じていますか?
アトピーがある人やアレルギーのあるお子さんがいる親御さん、化学物質過敏症の人など何かしら抱えている人が、一般的な洗剤が使えなくなり私が開催している『ナチュラルクリーニング講座』に受講しにきてくださることも増えてきました。
汚れがどうやったら落ちるのかを学んでいただくことで、「ちゃんと汚れが落ちた状態が初めてわかりました」と言ってくださる人もいます。汚れが落ちたかどうかを自分で判断できるようになるので、香料でごまかす必要もありません。
あとはやはり、圧倒的に掃除が楽になることですよね。洗濯は難しいところもありますが、掃除に関しては楽になったと実感される人が多いです。ちゃんと学んだことがないと、「あれもやらなくちゃいけない」と必要ないことまでやっている人にとっては、やることがかなり減ります。
特にご自宅で過ごす時間が増えていると思うので、部屋をきれいに整えるのが楽になったというお声はたくさんいただいています。私も掃除や洗濯が好きではないのですが、ずっと続けてこれているのは、「あの洗剤使ったらすすぎが大変そう」と考えてしまい、結局すすぎのいらないナチュラル洗剤を使って楽に終わらせています。
ナチュラルクリーニング講座の様子。現在はオンラインでも開催している。
掃除や洗濯は好きではないとのことですが、20年以上ナチュラルクリーニングに取り組まれて、掃除や洗濯にはどんな意味や意義があると思いますか。
まったく科学的ではないかもしれませんが、以前風水や占いをやっている方から聞いたのは一番の開運アクションが掃除なんだそうです。西側の窓にどんな開運アイテムを置いていたとしても、窓が汚れていては意味がないと。自分を象徴するものとして、出入りする玄関がきれいだったり、部屋の空気の流れがよどみないかなどが運を引き寄せる。神社やお寺の方も掃除をよくされていて、古来から修行の中に掃除があったんですよね。
掃除ってデメリットがないと思うんです。仮に開運しなかったとしても、家はきれいになりますし、きれいになると気持ちもいいですよね。
これからナチュラルクリーニング講師としてはどんな活動をしていきたいですか?
まだまだナチュラルクリーニングを実践している方は少数派だと思います。臭い汚れを香りでごまかせるからという理由だけで洗剤を選んでいる人も多いと思います。もちろんそれが悪いことではありませんが、そうした洗剤以外の選択肢があることを知った上で比較してほしいですね。
スーパーマーケットやホームセンターに行っても、残念ながらナチュラル洗剤ってごく一部しか置いていないことがほとんど。人にも環境にも優しいナチュラルクリーニングが当たり前の世の中になって、私の仕事が必要ない状態にしたいです。
INTERVIEW & TEXT BY TOMOHIRO NAKATATE
PHOTOGRAPHS BY HIROE MOTOHASHI